あまりにも平凡で機械的な生活

私は商業高校を卒業したので、自動的に銀行か事務系の仕事につくことを予定していました。

どういう仕事になるかはよくわかっていませんが、出来る限り給料が良くて休日が多いところがいいと思って選択しました。

第一志望のところには学校からの推薦をもらえなかったのですが、何番目かの希望のところに合格することができました。

入社して日本ではある程度有名な大企業だったのでまわりの人からは羨まれていたりしました。

両親もかなり喜んでくれましたので喜んで会社に通っていました。

小規模な会社だとどうなのか分かりませんが、大手の会社では個人のする仕事もベルトコンベアー式のような気がします。

毎日毎日する仕事が、ずっと同じです。

最初に業務を習ってそれをずっとやっていました。

朝会社にいってお茶をわかして、掃除してそれから各部署への配布をする書類を手分けします。

だいたい午前中は配布の仕事などで終わるという感じです。

ファックスなどで内容を送ってしまえばいいのですが、どうしてかそういう仕事をしていました。

昼からはコンピュータや上司から頼まれたコピーなどをしてそれでだいたい一日が終わります。

なんとなく自分がロボットの会社でロボットになったようなそんな気持ちがしました。

生活がかかっていないからそういうのん気な不満を抱けるのかもしれないと思ったりもしましたが、なんとなく仕事に対する遣り甲斐という言葉からはほど遠い仕事だったような気がします。

同じく事務をしていた先輩も同じ思いだったようで、途中で会社を辞めて看護学校に通って新しい人生を出発していました。

私ももともとは美術系の仕事をしたかったのですが、家庭の事情で断念して事務の仕事を選択するようになったのですが、やはりそういうもともと自分が好きな分野が芸術方面だっただけに、変化のない生活に飽きてしまったような感じです。

周りの人達などそうでもないようで普通に過ごしているような感じでしたが、私は毎日非常に退屈な日々をすごしていました。

結果として知り合いから紹介されて職場に転職をしたのですが、小さな会社だったのでいろいろとする事がたくさんありました。

やったことのないスピーチや、地域で有名な方の接待をしたり、事務の仕事もするのですが広告などで、絵をかいたりと自分の好きな分野の仕事をしたり、対外的な仕事もするのでいつも自分を向上させるための勉強が必要でした。

大変だったですが遣り甲斐という点では充実した職場だと思いました。

やはり人間発展のない生活をするとどんなにいい環境だとしても、その生活に満足がいかなくて、断念することもあると思ったりしました。

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