19年続けたパチンコ店を辞めた理由。

私は数年前、19年と人生の半分を過ごしたパチンコ店を退職しました。このまま定年までお世話になるつもりでもいましたし、自分がこの会社を辞める事なんか無いだろうとも思っていました。
では何故そういう事になったのか…お話しさせて頂きます。
それは内勤をしていた時の事でした。その年の3月に入った頃で
異動、昇進の時期でもありました。自分は内勤の仕事をしていて当時は中間管理職で日々忙しくもありましたが充実した日々を過ごしておりました。辞令が出て人が自分の部署に移ってくるとも聞いていたので受け入れ準備もしつつ、その日仕事をしていると
当時の上司から私に辞令が出ていると聞き、それを受け取り見てみると10年離れていたホールの仕事への配置転換でした。
大きな落胆と不安が自分に襲ってきました。即答を迫る上司でしたがもちろんすぐ返事も出来る訳ありません。
両親や社内で唯一趣味も合って仲良くしていた後輩も心配してくれました。
合わせて父親が病気で入院、手術というダブルパンチ。
また都会から外れた田舎町だったので引っ越しも合わさるという
事になりました。
母親や上司、また後輩からも励まされ、辞令を受けて
異動する事にしました。
そこで過ごす事1年と10ヶ月。内勤をする前はホールにも出ていたので身体にしみ込んでいた事もありましたが、まさに浦島太郎状態。何を言われてもチンプンカンプン。また詰まらないミスも
連発、涙も沢山流しました。そして帰宅しても馴れない土地での生活で何か変なストレスも貯まっていたと思います。
そしてそこでの生活が1年も過ぎた時、ミスもだいぶん減ってきてようやくペースもつかめてきた頃でした。
自分は元々吃音持ちで人にその事は話すようにもしていて、自分が話す事で人に迷惑もかけたくなかったんでリスクがかかる事を避けるようにしていました。もちろんそれで上司から評価を下げられる事も承知の上で。
有る時、上司からだいぶんミスも減ってきたから人前で話す事をやってみませんかと言われました。自分は自分の事がわかっていたので負担をかけないようにやり過ごすつもりで了承してしまいました。そしてそこから意味をはき違えた上司のパワハラが始まったんです。
朝礼の司会をずっとさせられ、また社訓唱和もあてられて…
普通の人から言わせると何でもない事と思います。しかし
吃音者からするととんでもない事なんです。
そこから数ヶ月後、身体にも異常が出てきました。過呼吸です。
会社内で過呼吸になる事、3回程。上司にそれを言うと
会社内で倒れられてもたまらんと責任逃れ。
そこからまた仕事でのミスも増えてきました。
何か普通と違う感覚も出ていたので、心療内科を受診すると
鬱病の診断でした。配置転換のショック、吃音で無理をさせられてる事が原因との事。上司にもそれを報告。すると
仕事を取り上げられ、責任有る事をさせないと言われました。
何よりも自分の体調を1番に考えていたのでそれを了承して薬を飲みながら仕事をしました。
しかし、ある日の朝礼で社訓唱和をあてられ、その後に過呼吸が
出ました。また上司から呼び出され、別の仕事をした方が良いと
告げられました。
面倒だから辞めさせたいという事なんだろう、また過呼吸がまた出てしまった事、何かそれで頑張ろうという気持ちが切れてしまいました。

厳しい事を言うならばいくらミスが多かったり、仕事が上手く行かなくても辛くあたってそこから這い上がってこいというのが
良い上司なのかもしれません。しかしその中にも優しさや暖かさが出てくるもの。
私が経験した事はそこから追いつめられ、後ろ指をさされて
挙げ句の果てに辞めさせられたという事でした。

それまで辞めたいと思った事もありましたが、何とか乗り越えられてきました。それは自分がやりたい事のステップと考えていたからかもしれません。それが繋ぎ止めていた事だったと思います。
今は現場仕事で毎朝早くから現場に出ています。最悪の状況からは抜け出せたと思うし、元気になれているとも思います。
あの頃の悔しい気持ちはしっかりと胸に刻み込んでこの先生きていこうと思います。

大学中退就職ガイド

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